小さく生きるのは何も持っていないから

人は、その人らしく生きられた本来の人生があったはずなのだが 多くは そこから大きくかけ離れた現実の人生の中で、苦しみもがいている。


「自分はこんな風に生きるために、生まれて来たのだろうか?」 胸に突き上がる疑問。

塞がれた思いの目の前を、子供時代の無邪気な自分が横切る。

 大きくなったら何になりたい? お医者さん、スチュワーデス、女優、世界を飛び回る探検家…。

子供は出来るとか、出来ないとか、そんなものは関係ない!

そこに本来、自分が望む未来がしっかり見えていた。


「まあ、お医者さんになるの?!だったらもっと勉強しないとねぇ。」 馬鹿な大人は、何気ない会話で、可能性の芽をいとも容易く摘んでゆく。


 現実は出来ない事が、大半をしめる。 大人の言葉にあまりに手が届かなそうな未来の夢を、子供ながらに無理だと諦めた時から、子供は大人になる。

キラキラした目の輝きを奪い、ガラス玉みたいな大人の目に変えて行く大人の罪は深い。

 あなたは今、幸せですか?

「はい、私はしあわせです!」 そう答えた人の 中には、真実の心に蓋をして、思い込もうとする人もいる。

 私たちは、意識するしないにかかわらず、親、社会、学校、マスコミのプロパガンダ、 様々なもの達が、あたかも「正義」の衣を着、「常識」と言う鎖で、本来自分が幸せになるために考える力を、根こそぎ奪う。


 本当に自分がしたかった事、本当に生きたかった別の人生…。

 そんなものを無惨に手放し、希望や夢を「出来ない絵空事。」として常識化する。


 どんなに酷い職場の虐めにも、生活のために耐え、自分の心も肉体もボロボロにしている人達。

 その根底には、少なからず「仕事は辛くて当たり前、仕事を転々とするのは落後者だ。」と言う洗脳があるのではないだろうか。

 そのままそこに居て、劣悪な環境の中で自尊心を手放し、挙げ句の果てにはビクビクと恐れしか持てない人間になり、心労がたたり病気になる…。


あなたは、そんな生き方をする為に生まれて来たのですか?


その人の悲劇は、そこに気付きを与える人間が存在しない事、或いはあきらめしか無く、本気で変えようする心のパワーが無い事。


また、相談してもした相手が悪く、高飛車に上から目線の言葉を投げられ、更なる傷を作る羽目になったりする事もある。


あなたが、自分の人生を愛し、自分を自分で見下す事をせずに、真剣に将来を考えるなら、必要な人間と出会い、あなたが抱える不足を知る事が最も大切なのです。

必要なものを学び、不要なものを棄てて行く、大方人生は、こう言った選別が幸せになるかならないかを決めて行く。


「そうは言っても、現実には中々思うようにはいかないから苦しんでいるんでしょう。」

 そんな人は、「出来ない」の洗脳にすでに犯されている。


ああだから出来ない、こうだから出来ない。

 一生そんな言い訳は、あなたを決して救うことはありません。

 物事の全ては、そこにきちんと向き合い戦う、或いは乗り越えて行く事でしか開けて行かないように出来ている。


 執着や弱さがつきまとい、決心したもののまたぶり返してしまいそうになる。


そう言う事は多くある事ですが、そんな時は是非、この言葉を頭に浮かべて欲しい。

執着や弱さは、自分自身が人生に求める何かを手に入れていないから…。


本当に自分が望むものは何ですか?


「ちっちゃく生きるなよ!!」ですかね。


  極端な言い方をすれば、そこがダメなら世界がある、世界がダメなら宇宙がある。

そんな風に考えると、気持ちに風穴が空きませんか?

世界には色んな仕事が有り、色んな知らない世界が存在する。

どんな生き方も、どんな稼ぎ方も、あなた次第で決められることを忘れないで下さい。


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